PEEK冠は、シランカップリング剤等では十分な接着力が得られないため、PEEK専用の前処理材(プライマー)を使用する必要があります。
PEEKは2023年12月に保険治療に新規に導入されたCAD/CAM冠用の材料で、当初は対応するメーカーは殆どなかったのですが、最近は対応メーカーも増えてきたのでPEEK用のプライマーについてまとめたいと思います。
PEEK冠への接着ではMMAが重要
メタクリル酸メチル(MMA)を含有した前処理材はPEEKに対して高い接着強さが得られることが報告されており、PEEK冠にはMMA含有のプライマーが推奨されています。

MMAとPEEKの接着機序は、現時点では「semiinterpenetrating polymer network (semi-IPN)」によるものではないかと考察されています。
(引用元論文:https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10145247/)
semi-IPN(半相互侵入高分子網目)とは、高架橋度のネットワークポリマーと直鎖ポリマーが分子鎖レベルで互いに絡み合った状態のことです。
そのため、以下のようなメカニズムで接着力が発生していると思われます。
- MMAは低分子なため、PEEK材内部に分子レベルで浸透
- PEEK材に浸透した状態でMMAが重合して硬化
- semi-IPN(象牙質接着における樹脂含浸層のようなもの)を形成
- semi-IPNの存在によって嵌合力が発生
メーカーが公式にPEEK冠へ使用可能と明記しているプライマー
メーカーが公式にPEEK冠へ使用可能と明記しているプライマーとしては以下のものがあります。
3種類とも、光照射により硬化し塗膜を形成します。PEEKは光透過性がない為、内面をアルミナサンドブラスト処理と乾燥後に、専用プライマーを塗布し光照射を行う必要があります。

CAD/CAMレジン用アドヒーシブ(松風)

CAD/CAMレジン用アドヒーシブ(松風)は、最初に登場したPEEK冠用のプライマーです。同じメーカーが開発・製造しているので、松風PEEKブロックに使用する場合は一番信頼感があります。
CAD/CAMレジン用アドヒーシブ(松風)のPEEKに対するせん断接着強さは、メーカー公表値では29.7MPaとなっており、十分な接着強さがあると思われます。

セラスマートコート(GC)

GCのG-CEMの商品説明ページを見ると、いつの間にかPEEK冠に関する記載が追加されていました。
「*1セラスマートコートクリアをプライマーとして使用します。詳しくは電子添文をご確認ください。」と記載されていたので、セラスマートコートの電子添文を確認すると、2025年03月05日付で更新されており以下の文が追加されていました。
●歯科レジン用接着材料としての使用方法
1)ポリエーテルエーテルケトン樹脂(以下、PEEK)系補綴修復物の粗造化
アルミナ粒子を用いて、補綴修復物の添付文書に指定の条件にて、被着面のサンドブラスト処理を行います。
2)洗浄
超音波を用いて洗浄し、塗布面を充分に水洗、乾燥させます。
3)塗布
クリアコートを塗布した後、弱圧エアで塗布面を均一に且つ薄くなるように延ばします。その後歯科重合用光照射器で指定時間光照射を行い、本品を硬化させます。(ハンディ―タイプの歯科重合用光照射器を使用する場合は、光照射口をなるべく塗布面に近づけて照射します。
光照射時間
歯科重合用光照射器 照射時間
LED歯科重合用光照射器 ※1(700 mW/cm2以上)
10秒
・LED歯科重合用光照射器:光源に紫色LED及び青色LEDを使用した歯科重合用光照射器
他社LED歯科重合用光照射器については、有効波長 400~450 nm をすべて含むものを使用してください。
青色LED(有効波長域 450~480 nm)のみを光源とするものは使用できません。
※1:例えば
G-ライト プリマⅡ Plus 10 モード×1回
スリムライト Lowモード×1回4)PEEK 系補綴修復物の接着
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/kikiDetail/ResultDataSetPDF/340046_302AKBZX00048000_A_01_05
歯科接着用レジンセメントを用いて、PEEK 系補綴修復物を支台歯に接着させます。
このため、2025年3月以降はセラスマートコートクリアをPEEK冠のプライマーとして使用できるようになったことがわかります。
また、「PEEK材料に対する各種条件におけるせん断接着試験結果(24時間後及びTC5000回後)」をGCが公開しており、セラスマートコートクリアではPEEKに対してTC5000回後でも34.5MPaのせん断接着強さがあることがわかります。

セラスマートコートクリア(5ml)の定価は3,990円で、cad/camレジン用アドヒーシブ(5ml)の定価(8,000円+税)のほぼ半額なので、価格面では圧倒的な優位を持っています。
ZEN® ユニバーサルボンド(クルツァージャパン)
ZEN®ユニバーサルセメントとZEN®ユニバーサルボンドは、三井化学グループ3社(サンメディカル、三井化学、クルツァージャパン)が協力して開発した接着性レジン材料です。
ZEN®ユニバーサルセメントの商品説明ページでPEEK冠に使用可能なことが明記されています。PEEK材に使用する場合はZENユニバーサルボンドをプライマーとして使用する必要があります。

PEEK材に対するせん断接着強さは20MPa程度で、他社の接着システムと比べると少し弱いようです。

スーパーボンド(サンメディカル)に関して
スーパーボンド(サンメディカル)はMMA系接着材料に分類され、レジンセメント自体に主要成分としてMMAが含有されているので、PEEKとの接着に優れていると考えられています。
しかし、メーカー公式HPを調べましたが、スーパーボンドの商品説明ページにPEEKに関する文言は見つかりませんでした。
スーパーボンドは広島大学が行った「PEEKクラウンを臼歯にセメント固定した後の6ヶ月間の追跡調査の臨床報告」でも使用されているので、PEEKに使用可能とメーカー公式HPで明記されていないのは意外でした。
サンメディカルに直接問合せたところ、以下の回答を得ました。
【回答】
引用元:問合せに対する、サンメディカル(株)からの回答
現在のところ、「スーパーボンド」用としてPEEKに適用可能なプライマーのご用意はありません。
「スーパーボンド PZプライマー」は、歯科セラミックス用接着材料(一般的名称)として薬機法の認証を取得しております。
ご指摘の通り、陶材やジルコニア、コンポジットレジンなどの前処理にお使い頂けますが、PEEKの前処理材としての要件は満たしておりません。
なので、どうしてもスーパーボンドをPEEK冠に使用したい場合は、現状は他社製のプライマーと併用するしかないようです。
スーパーボンドはMMA系接着材料で、論文等でプライマー処置なしでPEEKと良好に接着することが示されています。
しかし、保険算定のルールで、
CAD/CAM冠用材料(Ⅴ)を使用したCAD/CAM冠を装着する場合、歯質に対する接着力を向上させるためにサンドブラスト処理及びプライマー処理を行い接着性レジンセメントを用いて装着すること。
引用元:https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001169813.pdf
となっているので、保険算定する場合はプライマー処理を行うことが必須と考えられます。
他社製のプライマーと併用してよいか?という疑問に対しては、疑義解釈資料の送付について(その 62)より、問題ないと考えられます。
問3 区分番号「M015-2」CAD/CAM 冠について、CAD/CAM 冠用材料(Ⅴ)を使用する場合、現在、保険適用となっている接着性レジンセメントはいずれも使用できるか。また、区分番号「M005」装着の注1の内面処理加算1は算定できるか。
引用元:https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001182812.pdf
(答)保険適用となっている接着性レジンセメントはいずれも使用できる。なお、装着に際しては、歯質に対する接着力を向上させるためにサンドブラスト処理及びプライマー処理を確実に行った上で、接着性レジンセメントを用いること。その際、区分番号「M005」装着の注1の内面処理加算1は算定可能である。
Nu:leコート(ヤマキン)に関して
Nu:luコート(ヤマキン)は、2025/07/27現在、PEEKのプライマーとしては認可を受けていません。
しかし、「KZR-CAD PEEK 製品レポート」にて、PEEKのプライマーとして使用可能とのデータを出しており、将来的に認可を受ける可能性があります。

Nu:luコートはセラスマートコートと同様に、元々は光重合型レジン表面滑沢キャラクタライズ材です。既に人体に対する安全性をクリアしているので、新規に開発するよりは低労力で薬機法の認可を得られると思われます。
引用元
各社接着システムを用いたPEEK材料に対するせん断接着強さ(GC)



