口腔機能低下症とは、食べ物を噛み砕いたり飲み込んだりする機能が衰えた状態のことです。
口腔機能低下症を放置すると身体全体の衰えへと繋がっていきます。
口腔機能が衰えると、軟らかいものばかり食べるようになり、タンパク質の摂取量が減少します。これにより、筋肉の合成量が低下し、徐々に全身の筋肉が減少する傾向が現れます。
一般的に全身の筋力量は、40歳前後から徐々に減少傾向が見られるようになり、加齢に伴って減少量が加速化していきます。とくに高齢者においてはその速度はますます高まり、1年で5%以上の減少率となる例もあります。
口腔機能低下症により食べる機能が低下している場合、より重度の筋肉低下が起こり、寝たきりや要介護になるリスクが高まります。
まずは全身の筋肉が低下していないか、セルフチェック
チェックリストによる評価
評価項目 | 評価基準 |
1.体重減少 | 「6か月間で2~3kg以上の(意図しない)体重減少がありまたか?」に 「はい」と回答 |
2.倦怠感 | 「(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする」に 「はい」と回答 |
3.活動量 | 「軽い運動・体操を1週間に何日くらいしてますか?」 及び 「定期的な運動・スポーツを1週間に何日くらいしてますか?」 の2つ問いのいずれにも「運動・体操はしていない」と回答 |
4.握力 | 利き手の測定で男性26kg未満、女性18kg未満 |
5.通常歩行速度 | 1m/秒未満の場合 (測定区間の前後に1mの助走路を設け、測定区間定5mの時を計測) |
上記の表の5つの項目のうち、3つ以上該当する場合はフレイル、1~2つ該当する場合はプレフレイル、いずれにも該当しない場合は健常または頑健と判定されます。
フレイル、ないしプレフレイルと判定された方は、全身の筋肉量が低下していているため何らかの対策をとる必要があります。
指輪っかテスト
指輪っかテストとは、ふくらはぎの最も太い部分を両手の親指と人差し指で囲むことで、筋肉量の低下を推定する方法です。 指で囲んだ際、ふくらはぎと指の間に隙間が出来る場合は筋肉量の低下が疑われます。
全身の筋力増加のために必要なこと
筋肉の増加には運動と、タンパク質等の栄養成分摂取が必要です。そのため筋力量低下への対策には継続的に適度な運動を行うことと、食事で十分な量のタンパク質を摂取することが重要となります。
口腔機能の低下によりたんぱく質の摂取量が低下している場合、まずは口腔機能低下症の診断を行い、それに対する治療を行う必要があります。
口腔機能低下症の診断
口腔機能低下症は7つの症状(口腔衛生状態不良、口腔乾燥、咬合力低下、舌口唇運動機能低下、低舌圧、咀嚼機能低下、嚥下機能低下)のうち、3項目以上該当する場合に口腔機能低下症と診断されます。
口腔衛生状態不良の評価
口腔衛生状態不良は、評価指標であるTongue Coating Index(TCI)を用いて、舌苔の付着程度により視診で評価します。
舌表面を9つの区域に分割し,各区域に対して舌苔の付着程度を3段階(スコア 0,1または 2)で評価し、合計スコアを算出します。TCI合計スコアが9点以上ならば口腔衛生状態不良と判定します。
口腔乾燥の評価
唾液量の計測により行います。
医療ガーゼを舌下部に置き、唾液がガーゼに浸み込むことによりガーゼの重量は増加しますが、2分間で重量増加が2g以下の場合を口腔乾燥ありと評価します。
咬合力低下の評価
現在の歯の本数により評価します。残根と動揺度3の歯を除いた歯の本数が20本未満の場合、咬合力低下状態と判断します。
舌口唇運動機能低下の評価
舌と口唇の巧緻性および運動速度で評価します。
/pa/、/ta/、/ka/それぞれの音節を10秒間できるだけ早く発音させ、発音回数を数え、1秒当たりの発音回数が6回未満で運動機能低下と評価します。
低舌圧の評価
低舌圧は舌圧測定により評価します。
舌圧測定器(JMS舌圧測定器™)のプローブを舌で硬口蓋に数秒間全力を用いて押し付け、最大舌圧を計測します。最大舌圧が30kPa未満で低舌圧と評価します。
咀嚼機能低下の評価
咀嚼能力検査システム(グルコセンサ ーGS-Ⅱ™)を使って評価します。
2 g のグミゼリー(グルコラム™)を 20 秒間自由咀嚼させた後、10 mLの水で含嗽させ、グミと水を濾過用メッシュ内に吐き出させ、メッシュを通過した溶液中に溶出されたグルコース濃度を咀嚼能力検査システム(グルコセンサ ーGS-Ⅱ™)によって測定します。グルコース濃度が100 mg/dL未満の場合を咀嚼機能低下と評価します。
嚥下機能低下の検査
嚥下機能低下は嚥下スクリーニング検査(EAT-10)または自記式質問票(聖隷式嚥下質問紙)のいずれかの方法で評価します。
嚥下スクリーニング検査(EAT-10)
嚥下スクリーニング質問紙(EAT-10)を用いて評価します。
合計点数が3点以上で嚥下機能低下と評価します。
自記式質問票(聖隷式嚥下質問紙)
自記式質問票「聖隷式嚥下質問紙」を用いて評価します。
15項目のうちAの項目が3つ以上で嚥下機能低下と評価します 。
口腔機能低下症の治療方法
専用器具による舌圧トレーニング
”ペコぱんだ”と呼ばれる専用器具を使うことで、舌圧を鍛えることが出来ます。
この器具は、嚥下(飲み込み)に必要な舌と口蓋の接触力(舌圧)を強化するために開発された 自主訓練用トレーニング用具です。
硬度が5種類あり、軟らかめから始めて筋力上昇に合わせて徐々に硬めにすることで、効果的に舌の筋力を鍛えることが出来ます。
あいうべ体操
“あいうべ体操”は,福岡の内科医 今井一彰先生が考案された 体操です。
あいうべ体操により、舌圧を鍛え、口呼吸を抑制することができます。
口を大きく「あ~」「い~」「う~」「べ~」と動かします。
①“あ~”と言いながら口を大きく開く。
②“い~”と言いながら口を横に広げる。
③“う~”と言いながら口をすぼめる。
④“べ~”で舌を思い切り前に出す。
①~④までを1セットとし、これを大きな動きをしながら,ゆっくり10回程度繰り返します。
運動ですから、できるだけ大げさに行った方が効果的です。
一度に行うのは10セット程度で、1日30 セット程度を目安に行います。
咬合の回復
歯が無くなると、その分食べ物をかみ砕く能力が低下し、硬いものが食べられなくなります。
このため、歯が無くなってしまった部分を補って物を食べられるようにする必要があります。
歯が無くなってしまった部分に対する治療法は3種類あり、お口の中の状態に合わせて最適なものを使って治療を行う必要があります。
ブリッジによる治療
ブリッジ治療は歯を喪失した箇所の両隣の歯を削って土台とし、人工の歯を橋のように架ける治療法です。
ブリッジ治療についてはこちらで詳しく解説しています。
入れ歯による治療
入れ歯は歯茎や歯肉を利用して人工の歯を支える治療法です。入れ歯を安定させるために残っている歯に留め金をかけます。
入れ歯治療についてはこちらで詳しく解説しています。
インプラントによる治療
インプラントは骨の中に人工の歯根を植え込み、その上に人工の歯を作る治療法です。ブリッジや入れ歯と違い、他の歯を削ったり負担をかける必要がありません。
まとめ
食べることは、全身の活力を保つうえで重要です。
オーラルフレイルにより口腔機能が機能が低下すると、全身の衰えに繋がります。
筋肉を作り出す良質なタンパク質を摂取ためには、肉や魚、乳製品などいろいろなものをバランスよく食べることが重要となります。高齢になると動物性タンパク質の摂取が少なくなる傾向がありますが、肉や魚は筋肉をつくるために欠かせません。
口腔機能が低下すると、肉や魚などが食べにくくなるため、タンパク質の摂取量が減少します。
口腔機能低下症は、早期に発見し、適切な処置をすることで、重症化を予防できます。
具体的には、あいうべ体操や専用器具を使ったトレーニングにより舌圧を鍛えることで、効果的に重症化を予防できます。
早期発見・早期予防を心掛けることで全身の衰えを防ぐことができます。
それにより寝たきりなどの要介護状態になるリスクを予防し、健康寿命を延ばすことが出来ます。
参考文献
公益財団法人長寿科学復興財団|健康長寿ネット|フレイルの診断